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芳澤謙吉50回忌に孫の緒方貞子さんらが来越

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写真=墓前で手を合わせる緒方貞子さん(2日)

 明治後期から半世紀以上にわたり外務大臣や外交官などとして日本の外交に尽力した上越市諏訪出身の偉人、芳澤謙吉(1874-1965)の50回忌法要が命日の2日、同市下野田の真宗大谷派本覚坊で執り行われた。芳澤の孫で国連難民高等弁務官などを歴任した国際政治学者の緒方貞子さん(87)、国際法学者で元ニュージーランド大使の井口武夫さん(85)ら親族が来越。芳澤記念公園内の墓地で墓参りを行った。これに先駆けて1日、2人を迎えた記念講演会が同市立公民館諏訪分館で行われ、「祖父の思い出」を介して住民ら参加者約80人と交流した。
 このうち講演会は、後援会時代から約60年にわたり活動する諏訪地区の「芳澤謙吉翁顕彰会」(古川正美会長)が開いた。
 孫の緒方さんは、国際基督教大学講師を務めていた1968年、国連総会日本代表団の一員に抜擢された。日本女性初の国連人権委員会日本政府代表をはじめ、同難民高等弁務官を11年にわたり歴任。米国など有志連合諸国及び北部連合と、タリバン政府による紛争時にはアフガニスタン支援政府特別代表を務めた。
 講演会で緒方さん、井口さんが「祖父の思い出」を語り、参加者の活発な質問にも答えた。終始、和やかなムードで、2人の言葉に聞き入る参加者の熱気に包まれた。
 緒方さんは「祖父は故郷に帰るのを毎年楽しみにした。帰郷から戻れば"水がうまかった"と語り、故郷との心的な近さがあった。この土地には自然、水、米など日本の素晴らしさがあり、祖父の誇りの真髄だったのではないか。自然の中で辛抱強さや精神力が育まれたのかもしれない」と語った。
 一方、井口さんは「いとこ同士だが、貞子さんの非常な意志と努力は、80代まで外交に尽くした祖父と二重写しに思える。そのインスピレーションが私たちの心の中にある」と語った。
 同じく孫の芳澤忠雄さんが、大の日本酒好きだった横顔を回顧。中でも新潟の地酒を好み、毎晩、テレビのニュースを見ながら、ぬる燗2合で晩酌し、趣味としてゴルフと1日1本のハバナ葉巻を楽しんだといった逸話も次々に出た。
 翌2日、墓参りを済ませた緒方さんは、「謙吉は一人でゆっくり晩酌を楽しむのが常で、新潟の酒を飲みながら中国のことや、国際連盟、軍部との交渉などの話をしてくれた。外交の基礎を作った人であり、50回忌を迎えたことに感無量の思い」と話していた。