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一般公開が7月2日「下割遺跡」

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 上越市米岡の下割遺跡で、室町時代のものとみられる大規模な道路跡や、高田藩の家老、小栗美作が1675年(江戸時代)に作った中江用水の造成初期の様子がうかがえる用水の支流跡などが見付かり29日、報道関係者に公開された。一般公開が7月2日に現地で行われる。
 同遺跡は上越三和道路建設に伴う調査で2002年度から発掘が行われており、本年度は第6次調査として約2800平方mを4月から発掘してきた。室町時代の大規模な道路跡のほか、中世から近世、近代、現代に至る用水跡などが見付かり、時代と共に移り変わる用水路の変遷がうかがえる。
 このうち道路跡は、14~15世紀前半のもので側溝を含め幅7・5~9m、路面の幅は約4m、延長約40m。昨年度の調査でも同規模の道路が発見され、1597年作成の絵図と照らし上杉謙信も利用した当時の「松之山街道」ではないか、と推測された。しかし、絵図に描かれた街道が春日山方面に向かい南側に延びているのに対し、今回発見された道路は南側に大きくカーブしている。発掘する県埋蔵文化財調査団事業団調査課の高橋保雄・課長代理は「非常に規模の大きい道路だが、絵図にある街道からはルートが外れており、松之山街道がどうかは今後検討の必要がある」と話す。
 また見付かった用水跡の一部は、遺跡から約100m西側に現在の中江用水4号線が流れていることや、1895年の土地更正図に描かれていないことから江戸時代の中江用水と推定。跡は幅2~3・5m、深さ50cm、長さ70mで、土留めの杭や水位を高くするための堰も残っており、同事業団は「状況から支流ではあるが、中江用水が完成した初期のころのものの可能性が高い」としている。
 同遺跡は2002年度から発掘が行われており、これまでの調査で13世紀後半~14世紀の集落跡を中心に水田跡なども発見されており、今回の道路と用水跡の発見により「14~15世紀の中世の村の景観がある程度見えてきた。村の実際の姿が見えてくる例は珍しい」と高橋さんは話している。
 一般公開は午前10時~午後2時。調査員による解説や、珠洲焼などの出土品も見学できる。場所は市立諏訪小学校近く。
写真=室町時代のものとみられる大規模な道路状の遺構