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会津若松市長ら親善訪問

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 上越市の主要地方道上越・新井線、関根学園高校前交差点から金谷山山頂に向かう道の途中、同高校グラウンド近くに、古びた墓石が数十基並ぶ墓地がある。戊辰戦争に負け捕虜となり高田藩で死去した会津藩士らが眠る、通称「会津墓地」(大貫)だ。19日、会津若松市の市長と市民が同墓地を参拝に訪れ、墓を守ってきた地元住民らと交流した。
 同墓地には高田藩で謹慎中に病などで亡くなった会津藩士の墓が60基あまり、会津藩関係者の墓が30基あまりある。先祖が会津藩出身という大町2の田村竪幹さんが亡くなるまで、説明の看板を設置するなどほとんど一人で墓所の管理をしてきた。田村さんの死後は、大貫の佐藤仁さんら近隣住民が草刈りなどをし、善意で維持管理をしている。
 訪れたのは会津若松市の菅家一郎市長ら105人。会津若松市では毎年、市などが郷土にゆかり深い全国各地の史跡、人物などを訪ねる親善バス旅行を企画している。約10年前、公務で上越市の催しに出席した際、同墓地のことを知った菅家市長が、今回の旅の目的地である長野県へ向かう途中、上越市へ立ち寄って「会津ゆかりの墓所があることを多くの市民へ伝えたい」と、参拝を強く要望。訪問が実現した。
 同日は佐藤さんや、郷土史研究家の村山和夫さんら6人が一行を出迎えた。一行は村山さんから説明を聞き、すべての墓に花を供えた。菅家市長は「歴史を顕彰するため参拝できうれしく思う。地元の方々が守ってくれ本当にありがたい。史跡を通して上越市との交流を深めたい」と話した。旅行参加者の生江タマエさん(63)と笠井まゆみさん(62)は「各地の会津墓所見たが、ここは規模が大きくてびっくり。きれいにしてもらっているのを見て胸が熱くなった」と感動していた。
 佐藤さんは「これを機に市民に関心を持ってもらい、歴史を語る場所として保存していきたい」と話していた。
写真=会津藩士の位牌に手を合わせる菅家市長(中央)