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新井育ちの元阪神タイガース石川投手

2010-0101-motohannsin.jpg 妙高市(旧新井市)で少年時代を過ごし、プロ野球の阪神タイガースで活躍、通算32勝を上げた投手がいる。
現在、兵庫県高砂市に住む石川良照(よしてる)さん(73)である。
石川さんは1936年に東京で生まれる。父親の転勤に伴い5歳のころ新井市に転入。終戦を迎えた小学校3年で野球を覚え、大人に混じってプレーを楽しむ。新井中では野球部に入り、2年生からはエース級だった。1日400球の投げ込みをやり、遠投では110mも投げたという。
石川さんは「やんちゃ坊主で、夏は野球、冬はスキーに明け暮れた。タケノコ狩りなど、新井は楽しい少年時代を過ごした一番の故郷」と話す。
高田工業高校建築科に進み、1年の秋からレギュラーに。しかし父の転勤で大阪の堺市立工業高校に転校した。ここではエースで4番の大活躍だった。
55年(昭和30年)に阪神にテスト入団した。1、2年目はボール拾いだったが、3年目の57年、藤村富美男監督に目をかけられ1軍デビューを果たした。
その年は13勝7敗、防御率2・37の好成績で、阪神タイガースを2位に導いた。そのうち巨人から7勝を上げ、巨人キラーと言われた。
身長174センチ、体重85キロで肩幅が広くがっちりした体格で、外角低めの速球と、鋭く食い込むシュートが決め球だった。「そのころの阪神は内野手が良くて、ランナーが1人や2人出ても、内野ゴロを打たせれば確実にアウトが取れた。真っ直ぐとシュートを低めに放っておけば良かった」と話す。
その後は10勝を超えることはなかったが、63年まで実働7年。通算213試合、32勝35敗。うち完投18、完封7で、投球回728、奪三振362、防御率2・83という成績を残した。
石川さんのデビューから1年後の58年に長嶋茂雄がデビューし、川上哲治が引退。翌59年には王貞治がデビューした。また、国鉄の金田正一が全盛期であった。
「ONは特別な存在。一球一球、目が光っていた。特に長嶋選手との駆け引きのスリルがなんとも言えなかった。王選手には2、3本ホームランを打たれたかな」。「金田投手とは、同じ先発同士でトイレで会ってね。投球術を10分ほど教わったのが思い出」と話す。
現在は、地域の子供たちに野球を教えるなど、野球の底上げに尽力している。

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